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横浜地方裁判所 昭和28年(ワ)808号 判決 1954年7月13日

原告 斎藤政男 外一名

被告 新日本飛行機株式会社

主文

原告等の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告斎藤政男に対し金参万壱千弍百五円原告小川禎造に対し金弍万参千九百弍拾八円及びこれらに対する昭和二八年七月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、被告会社は自動車及びその部品の保管、修理、再生を業とする株式会社で、商号をもと日飛モータース株式会社と称していたが昭和二十八年七月一日現在のように変更したもので、その工場を本社所在地(杉田工場)と横浜市神奈川区室町(子安工場)とに有し、所謂特需契約によつて事業を経営している。原告等は被告会社の子安工場の従業員であつた。

二、原告斎藤政男は検数員として、原告小川禎造は荷扱夫として、何れも昭和二十五年八月一日期間を定めず被告会社に雇傭され右業務に従事していたが同二十八年六月三十日予告なくして解雇された。従つて被告会社は解雇予告手当として

被告斎藤に対しその平均賃金一日金五百二十円八銭の三十日分計金三万一千二百五円の

被告小川に対しその平均賃金一日金三百九十八円八十銭の三十日分計金二万三千九百二十八円の支払を求める。

三、尤も被告会社は原告等の雇傭に当り雇傭契約の期間を一年程度に定め、更新している。原告等は昭和二十五年八月一日雇傭され期間満了の都度同二十六年三月一日、同年七月一日同二十七年七月一日に更新され同二十八年六月三十日最終の期日が満了したが更新されず原告等と被告会社の雇傭関係は終了したのである。

然しながら右は単に形式上のことであつて実質は期間の定めのない契約であり少くとも労働基準法上は期間の定めのない契約と同一に取扱わるべきである。

四、仮りに右雇傭契約が期間の定めがある契約としても

(1)  労働基準法第二十条は期間の定めのある場合とない場合につき区別をしていない。このことは同法第二十一条には二ケ月以内とか、季節的業務に四ケ月とかの「期間を定めて使用される者」につき第二十条を適用しない旨定めているので右第二十条と対照すれば、これ以外の期間を定めて使用される者については反対解釈として同法第二十条の適用があると解すべきである。

(2)  また、二ケ月を超える期間を定めて使用される者が期間満了後引続き使用された場合は二ケ月以内の期間を定めて使用される者より不利益を受けるいわれはないから同法第二十一条に定めた者と同じに解雇の予告を為すべきである。たとえ期間が定められていても期間満了後引続き雇傭される状態が相当期間継続するときはその終了に当つて予告を為すべきである。

本件の場合は二ケ月を超える期間を超えて引続き使用されるに至つたものであつて解雇予告を必要とするものと謂わねばならぬ。

五、被告の主張に対して

被告主張のような役務提供契約の変遷があつたこと、原告等の所属の労働組合は被告主張の通りであること、就業規則及び退職金規程に被告の主張するような定めのあること、原告等の所属の労働組合が期間の定めのない雇傭契約の締結を要求しこれが拒否されたことは認めるが被告会社と原告等所属の労働組合(以下労組と略称する)との間に雇傭契約を特別調達業務契約(以下P、D契約と称す)の期と同一によるという有期雇傭の協約を締結したことはない。被告主張の就業規則は被告会社に於て労組との協議決定によらず労働基準監督署に提出する為一方的に作成したものであり退職金規定については特需契約たる被告会社と在日米軍調達部との契約は厳重な会計監査をうけることになつていてそれによつて得る利潤は一定の利率を超えることは許されずその率を超えるときは戻入を命ぜられることがあるので退職引当金も利潤とみなされる可能性が強いのと、法人税法の関係上退職引当金について三五パーセントの課税がなされるためこれを後期に繰越さず、P・D契約ごとに精算支払うことが労資双方の利益なので労組としてはP・D契約期間満了ごとに退職金の支給を希望した結果右期間満了の都度支給されたもので被告主張のような退職金規定があるからといつて原告等と被告会社間の雇傭契約期間の定めの存することの根拠となるものではない。このことは雇傭期間の定めの全然ない杉田工場の従業員も同様の退職金の支給をうけていることからも明らかである。

被告会社は特需契約による会社の業務の不安定なことを期間の定めをなした根拠とするが会社業務の不安定は単に被告会社のみに限つたことではなく一般民間会社はいずれも不安定な状態に置かれているのが通常であつてこれを以て被告会社が特に期間の定めを為すの必要があつたとの被告の主張を肯定し得られるものではない。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、

原告等の主張事実中一、は認める。二、のうち原告等がその主張の日にその主張のような業種の従業員として雇傭され昭和二十八年六月三十日を以て雇傭関係の終了したこと解雇予告をしなかつたこと、原告等の平均賃金の額についてはいずれもこれを認めるがその余の事実は否認する。三、のうち従業員の雇傭期間が一年以内の短期であつたこと原告等主張のように期間満了の都度再雇傭されていたことは認めるがその他の事実は否認する。四、の原告等の法律解釈については争う。原告等の被告会社との雇傭契約は期間の定めある契約で最終の雇傭契約期間の満了によつて昭和二十八年六月三十日を以て終了したもので契約解除によつて終了したのではないから解雇予告手当の支払義務はない。

更に被告の主張を敷衍すれば被告会社は所謂特需契約により事業を経営しているものであるところ、調達業務契約(P・D契約)は初め、日本政府により米占領軍に対し役務を提供するようになつていて被告会社は昭和二十五年七月二十二日日本政府との間に子安工場に於ける役務提供に関するP・D契約を結び役務を日本政府に提供していたが、同年九月一日からは被告会社と在日米軍調達部との間の直接契約によつて役務を提供することとなつた。しかして、被告会社のP・D契約第一項は昭和二十五年七月二十二日同年八月末まで第二次同年九月一日より同二十六年二月末まで(四ケ月目に一旦打切られその後前記のような直接契約となる)第三次同年三月一日より同年六月末まで第四次同年七月一日より同二十七年六月三十日まで第五次同年七月一日より同二十八年六月三十日までであつて、被告会社としては将来の在日米軍調達部に対する労務提供について予想することができず又P・D契約そのものも何時打切られるかも知れない不安定なもので被告会社が雇傭する原告等との労働条件も右P・D契約の不安定性の影響をうけざるを得なかつたのであつて原告等の属する労働組合(元第二二九部隊労働組合、昭和二十五年十月十日横浜兵器本廠労働組合と同二十六年十月一日日飛モータース子安労働組合と名称変更)と被告会社との間に昭和二十五年十一月上旬調達業務の不安定性を確認し、P・D契約期間を以て雇傭契約期間とし被告会社P・D契約終了後再び在日米調部とP・D契約を締結し得た場合には原則として従前の従業員を再採用すること、退職金はP・D契約期間満了のときに支払うことを協議決定した。

すなわち昭和二十五年十一月一日附就業規則第三十五条に「雇入れに際し契約期間について定めをするときは採用当日よりP・D契約期間満了迄とする。但し更新を妨げるものではない。」第四条には「勤務日数の計算は雇入れの日より起算し退職の月を以て終る。但し勤続期間は雇入れの月よりP・D契約期間満了の月を越えることはない」第二十条第一項に「此の退職金規定は一年毎(P・D契約期間)に更新する。」という条項がありこのことからしても期限の定めのあつたことは明瞭である。実際の取扱としても各P・D契約期間満了毎に満六十歳以上の老齢者や休職者で復職見込のない者或は短期雇入れの者等を除いて原告等を含む従業員とその都度退職金を支払い次期雇傭契約につき契約書を徴して再採用して来たのであつて第五次P・D契約期間満了に際しては労組より期限の定めのない雇傭契約の締結要求があつたがこれを拒否し、勤務成績不良者、就業規則第三十九条該当者同第六十条第七十条該当者を除き従前の従業員を再雇傭したのであるが原告等は右不採用者の基準に該当するものと認めて再採用されなかつた次第である。

これを要するに原告等と被告会社間の雇傭契約はP・D契約による会社経営の必要上已むなく有期契約としたのであつて原告等との雇傭契約がその都度更新され再雇傭されて来たとしてもこれを以て期間の定めのないものとなることはない。

よつて原告等の本訴請求は失当であると述べた。

(立証省略)

理由

当事者間に、原告主張の一の事実、及び原告等が昭和二十五年八月一日原告主張のような職種の従業員として雇われ同二十六年二月末日まで、同年三月一日より同年六月末日まで、同年七月一日より同二十七年六月三十日まで、同年七月一日より同二十八年六月三十日までと四度にわたりその都度採用の形で被告会社に雇傭され同二十八年六月三十日その雇傭関係は終了したこと、

右雇傭契約終了に当り被告会社が解雇の予告をしなかつたこと、原告等の平均賃金額については争のないところである。

しかして原告等は本件の雇傭契約は期間の定めない契約であつて一応期間を区切つて再採用の形式をとつたのは全く形式上のことであつて当事者間には期間を定めず雇傭する約であると主張し被告会社はこれを否認し右期間の定めは形式上のものではなく、特需契約による事業経営上有期雇傭契約を締結したものであるとし各々前記の如く主張するので按ずるにこの点に関する証人長井利正の証言は後記認定事実に照らし信用し難く当事者間に争のない事実によれば被告会社が所謂特需契約により事業を経営しているものであつて被告会社の主張のような経過で被告会社がP・D契約による役務提供をなし右契約は第一項より第五項に至る間一年以下の短期のものであること、証人小牟礼誠一同浅子健次郎同米山正の各証言成立に争のない乙第一号証、同第四号証同第三十七号の一、二を綜合すればP・D契約は在日米軍調達部の都合により何時でも解除し得る定めであり将来再びP・D契約が締結されるや否やについては被告会社に於て予想することが困難であるなどその不安定であることは一般民間会社に於ける事業の不安定とはその趣を異にするものであることが認められ、この為被告会社と原告等を含む子安工場従業員との間の雇傭契約はP・D契約期間と同じ期間を定めてその都度再採用することを余儀なくされたものと認められる。尤も退職金をP・D契約期間満了の都度支払うこととしその旨退職金規定の存することは原告等の認めるところであるが被告会社がこのような措置をとつたのは税法上の当事者の利益を考えた為であること証人長井利正、同小牟礼誠一の各証言から認めらるところであつて有期雇傭契約であるとする被告の主張を裏付けるものとはならないが被告主張の就業規則第三十五条の条項(この定めのあることは当事者間に争いがなく成立に争のない乙第十一号証の三、同第十七、第十八号証同第三十七号の一、二証人長井利正の証言によつて右就業規則が労組と被告会社の協議決定によつたものでないとしても少くとも労組並に原告等に於て承認しているものと認められる)によつてもP・D契約期間と同一の雇傭期間を定めた事実を窺うことができる。

なお成立に争のない甲一号証の一、二によれば解雇予告なる文言を用いてはいるが証人犬飼輝彦の証言よりして右は昭和二十六年二月二十八日を以てP・D契約が満了した後再契約の見込がなかつた為従業員に対し再採用し得ないのではないかとの顧慮から念のため雇傭期間の満了する旨の通告を為したにすぎないものと見るべきであつて雇傭契約の解除の意思表示と解することはできない。

これを要するに原告等と被告会社との雇傭契約は被告会社と在日米軍調達部とのP・D契約期間と略々一致し、昭和二十五年八月一日に始まり同二十六年三月末日終了、同年三月一日に始まり同年六月三十日終了、同年七月一日に始まり同二十七年六月三十日終了、同年七月一日に始まり同二十八年六月三十日終了の約でその都度雇傭され最終の昭和二十八年六月三十日の期間満了によつて被告会社との雇傭関係は一切終了したものと認められさきに説示した外右の認定を左右するに足る証拠はない。従つて原告等と被告会社との雇傭関係は雇傭契約の解除によつて終了したものではないことが明らかであつて引続き四回にわたつて雇傭契約が更新されて来たとしても期間の定のない契約と見ることはできないし又、期間の定めのない契約と同様に取扱わなければならぬものではない。

然りとすれば被告会社が原告等に対し解雇の予告をなしまたは解雇予告手当の支払をなす義務なきものといわねばならぬ。

しかして原告等の労働基準法第二十条同第二十一条の解釈についてはこれを採用し難いところであつて本件のような場合には被告会社に於て解雇予告手当の支払義務なきものと解するを相当とする。

よつて原告等の請求は理由なくこれを失当と認めて棄却すべく訴訟費用は敗訴した原告等の負担と定め主文の通り判決する。

(裁判官 荒木大任)

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